上勝町のチェンジメーカー

公開
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徳島の山奥でITを駆使し落ち葉を日本料理の「つまもの」として販売し高収益を上げている村があるという話はよく聞いていた。テレビや新聞で紹介されることが多いので、じっくり眺めたことはなかったけど、なんとなくそういう所があるんだなと。 舞台は徳島県上勝町で、キーパーソンは横石知二氏。 そうだ、葉っぱを売ろう! 過疎の町、どん底からの再生: 横石 知二そうだ、葉っぱを売ろう! 過疎の町、どん底からの再生」は横石氏自身が上勝町で、葉っぱ販売をビジネスとして成功させるまでの軌跡をつづった本。3年前の2007年に出版された。amazonの紹介に「男は朝っぱらから大酒をあおり、女は陰で他人をそしり日々を過ごすどん底の田舎町。この町でよそ者扱いされた青年が、町民の大反発を買ったことから始まった感動の再生ストーリー。」とあり、感想もその感動的な内容にふれるものがほとんどだ。 最近この本を読んで、ぼく自身も確かに感動はしたのだけど、同時に違和感も感じたのでそのへんのことをメモしておきたい。

あらすじ

まず簡単なあらすじ。 20歳の美男で行動的な青年、横石が農協職員として上勝町にやって来る。そこは朝から酒を飲み愚痴を言い続け悪口を言い続け排他的なお年寄りが大勢いるどん底の町だった。横石はこれではいけないと改革を訴えるもの余所者が何を言うかと町民は激怒。しかし翌年、町の主力農産物であるミカンが全滅。横石は持ち前の行動力で農産物の転換を図り上勝町は危機を脱する。それどころかミカン全滅前より売上が増加する。 横石はそれに飽きたらず、女性やお年寄りにもできる仕事を探す。自分の手で収入を得る手段があれば人の悪口を言っている暇などなくなるのだと。寿司屋で女性が「つまもの」の葉っぱをかわいいからと持って帰るのを見かけた横石は閃くものがあり、町の葉っぱを販売することを考える。初めは誰もとり合ってくれなかったものの、横石の説得で少しづつ協力者が現れる。横石は超人的な努力で市場を開拓し商品価値を上げ、上勝町の葉っぱビジネスは成功の階段を登っていく。 というような感じ。途中の各エピソードがいちいち味わい深い。

無私の超人

横石氏はさらっと書いてるんだけど、働きぶりがすごい。年間365日休みなく毎日10時間以上働き続ける。その上ビジネスセンスが抜群。一人で市場開拓から商品企画、組織構築まで全部やってる。葉っぱ販売では市場の存在しない商品の価値を見いだし、需要を掘り起こし流通ルートの構築までやってのける。ようするに起業家精神にあふれてるんだ。葉っぱビジネス以前にも、ミカンが全滅したときに行った農産物の転換は在庫回転率や現金化の日数を考えて行っていて、もとからビジネスセンスのある人だったことが分かる。 で、横石氏はこれらの活動を町民のほとんどに知られることなく農協での仕事が始まる前と終わった後に自費で行っていた。給料は仕事のためにつぎ込んで、家には1円も入れない生活を10年以上続けていた。それで奥さんは何も言わなかったどころか、横石氏が金が無くなったと言うと、これを持って行きなさいと自分のサイフからお金をわたす。ほとんど過ぎ去った時代のファンタジーだ。 しかも横石氏の給料は37歳の時点で19万円。ようするに上勝町の物語というのは、ビジネスセンスにあふれながら自分の給料が安いのは気にしないという稀有の人材を得て初めて成立したことなのだ。はっきり言って地方再生の成功事例として一般化できないと思う。

恐るべき老人たち

横石氏は1996年、37歳の時に辞表を提出しているのだけど、理由は3人の子どもの将来を考えこのままではまずいなと思ったから。なにしろ給料19万円で、それを全額仕事のためにつぎ込んでいたのだ。この後、農家の老人たちが横石を全力で引き留めるために取った感動のエピソードが本には書かれている。 このあたりが僕は感動で胸が熱くなると同時に恐ろしかった。なにしろ町の人達はほとんど全員が、横石氏が辞めると言い出すまでいかに給料が安く、町の農産物販売のためにどんな努力をしているか、全く知らなかったのだ。すまなんだと老人たちは謝り、横石氏に町に残ってくれと心からの手紙を渡すのだが、はっきり言って無茶苦茶である。 20歳で過疎の町にやって来た一人の青年が超人的な努力で町を立て直し37歳になるその時まで、将来を悲観するような低給で放置した挙句、どれほどの仕事をしていたか知らなかったと言うのだ。横石氏は今、世界的な名声を得ているからいいが、横石氏には及ばずとも努力を重ね、横石氏ほどの成功は得られなかった名もなき多くの若者が日本中に居たはずだ。彼らはどうなったのか? 低給で放置され、そのうえ何をしているか知りませんと言われているのではないか。 横石氏は過労の末に二度倒れている。幸い2回とも横石氏はすぐに復帰しているのだが、倒れ方が悪く、上勝町での日々が早くに終わっていれば、横石氏のやったことは誰も知らないままで、残ったのは貧窮する家族だけだったという考えたくもないアナザーストーリーが思い浮かぶ。 なんというか、抜群の能力を持った人が無償の奉仕をすることで初めて成り立つような仕組みであれば、それは間違っているんじゃないかとしか思えない。

後継者不在

ということで、上勝町の成功は横石氏が居て初めて成立するシステムになっているのだけど、後継者は育っているのか余計なお世話かもしれないが心配になってくる。横石氏は37歳のときいったん農協から町役場に籍を移しているのだが、そのとき農協は売上を激減させている。1996年15億円、1997年14億円、1998年12億円、1999年8億円と農産物販売額が4年でほぼ半減し、あわてて第3セクターを作り横石氏を戻したことでやっと売上減に歯止めが掛かり再び増加に向かう。 創業者の類まれな力量で急成長したベンチャー企業が、創業者がいなくなった後に迷走するというのはよくある話だけど、上勝町でも似たようなことが一度起こった。次にも同じことが起きないよう、後継者を育ててるんだろうか? 横石氏は無償の奉仕を長年続け、次々に成功することでカリスマになった人で、こういう人の後を継ぐのはさぞかし難しいだろうと思う。

最後に

繰り返すけど、本書は本当に感動的な内容だ。村の外からやってきた一人の若者が、暗く沈んだ町を持ち前のリーダーシップと行動力で立て直して行く物語は本当に魅力的だ。ファンタジックですらある。しかし、これは横石氏という底抜けに明るい稀有の人が無私の心で人生を捧げたことで初めてなんとかなった田舎町の話だ。無償の奉仕を誰かが捧げることでなんとかなる仕組みは狂っているし、持続可能なものではない。上勝町の物語は美しいが、単純に感動するのではなく、同じことをしてはならないと教訓にすべき部分も含んでいると感じた。
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